『私の自利利他』vol.1 田宮病院第4病棟(崇徳厚生事業団Letter令和2年9月号)
田宮病院第4病棟で看護師として勤務する小見さん(写真左)と大崎さん(同右)
田宮病院の誇り「拘束しない看護」
田宮病院は県内有数の精神科病院として知られる。
精神科というと、うつ病や統合失調症などの精神疾患をイメージする方も多いかもしれないが、看護師の小見里佳子(おみ りかこ)さんと大崎由香梨(おおさき ゆかり)さんが勤務する第4病棟は、認知症専門の治療病棟である。田宮病院第4病棟は、その設立以来「拘束しない看護」という伝統を守ってきたと二人は胸を張る。
小見さん 一般的にはやむを得ず身体拘束するような場合でも、ここでは基本的にしていません。その分、転倒などのリスクが大きくなってしまうので、配慮しながら業務を行っています。点滴抜去しないように手の動きを制限するミトンも身体拘束にあたります。患者さんは点滴のルートが見えると気になってしまうので、見えないように背中からルートを通して点滴したりします。必要な医療行為と説明しても理解いただけない場合も多いなかで、倫理や患者さんの尊厳を大切にすることと、医療安全とを両立できるよう様々な工夫を凝らしています。
大崎さん 「拘束しない看護」はやはり自慢です。同じ対応をしたとしても患者さんによって感じ方や反応が違うので一人ひとりに合った対応が求められます。
認知症の治療病棟と言っても、認知症の進行そのものを止めることは出来ないという。そうであっても、田宮病院第4病棟は患者さんと周囲の人々のために重要な役割を果たしている。
大崎さん 入院される患者さんや、患者さんを支える周囲の人が抱える困りごとは、記憶を保てなくなるという中核症状ではなく、介護抵抗やご家族・他の利用者さんとのトラブルだったり、夜眠れなかったりといった周辺症状なんです。治療のメインは薬物療法でそういった周辺症状を抑えることですが、私たち職員の接し方も大切です。
小見さん 作業療法のなかで、昔のことを思い出しながら行う畳みものや編みものなど、患者さんが落ち着いてできることを見つけたり、患者さんがこういう状態になった時にはこういう対応が良いなどのアドバイスを書いて、退院時にご家族や施設の方にお渡ししています。介護士の方は、食事や排せつ等まで詳細に記載しています。また、ご家族が一生懸命対応されている状況での長期の介護は、ご家族が疲れや限界を感じて介護不能となってしまうこともありますので、その予防のため、ご家族の休養のためのレスパイトケア目的での入院もあります。
「やりたかった看護をしているのがここでした」
小見さんと大崎さんは、田宮病院と同じ崇徳厚生事業団グループの長岡看護福祉専門学校を卒業して看護師となった。田宮病院へ就職した理由として、「看護実習でお世話になった病院のなかで、一番雰囲気がよかった」と声を揃える。
大崎さん 私はもともと「おばあちゃんっ子」でした。お年寄りに寄り添いたいと思って、田宮病院の第4病棟を希望しました。認知症の方は100人100色で、その人その人の色があり、歴史がある。それを大切にしたいと思っています。「認知症だからわからないだろう」ではなくて、飾りつけやイベントを通して季節の移り変わりを感じていただいて、寝たきりの患者さんであれば、朝が来たらカーテンを開けて陽の光を病室に入れて朝を感じていただく。それだけで私は幸せを感じます。認知症であったとしても、患者さんを一人の人間として尊重する。そういう私がやりたかった看護をしているのがここでした。
小見さん 例えば急性期の一般病棟であれば、患者さんという人間よりも疾患そのものにどうしても目が行ってしまう。精神科病院ならば、人と人とのかかわりを強く感じられると思いました。実は私は第4病棟ではない病棟を希望していたのですが、実際に働いてみると、その人を考える、その人を看るという看護の基礎ができるので、自分のやりたい看護が出来ていると感じます。
看護師免許を取得し、晴れて看護師として勤務するようになると、やりたい看護だけできるわけではない現実と、認知症病棟での看護の難しさが身に染みてわかってきたという。しかし、そこにやりがいを感じてもいる。
大崎さん できるだけ患者さんを看てあげていたくても、やらなければならないことが多く、そればかり言っていられないことがわかりました。
小見さん 実習期間中は決められた一人の患者さんと向き合うだけでしたが、就職後は何人も担当し、患者さん対応以外の業務もたくさんある。実際に患者さんに関われる時間が少なくなるのは悩みです。もっと深く関わり、欲を言えば、隣に座ってじっくり話を聞いてあげられたらと思うのですが、「ちょっと待ってね~」、「あとでね~」と言わざるを得ないことも多々あり、ジレンマです。
大崎さん 「うちに帰りたい」と訴える患者さんに「はい、いいですよ」とは言ってあげられないことにも葛藤を感じることがあります。
小見さん 「帰りたい」という気持ちもよくわかる。「自分は病気じゃないのになんでここに居なきゃいけないんだ」という訴えもよくわかるので、帰してあげたいという思いはあるけれど、それは出来ません。退院まで安心して、ここでどう過ごしてもらえるかの対応に悩んでいますが、いまだ良い方法を見つけられずにいます。
大崎さん 帰宅要求への対応も患者さんにより異なるので、関わりを通じて患者さんに納得してもらえたり、拒否されずに介助が行えると達成感ややりがいを感じます。適切な対応は、患者さんの今までの生活背景によっても違うので、とても難しいです。
小見さん その患者さんを看て、考えて生活歴も考慮しながら対応しないとうまくいきません。
大崎さん 患者さんの背景は、ご本人のほか、ご家族やケアマネさんを通じても情報収集を行います。
小見さん 退院支援強化の一環としても活用している「あなたの治療パス」で、ご家族と看護師、介護士、ワーカー等の多職種で現在の状況や今後の方針を話し合う際に、入院前の生活状況や好み等のお話を伺えることも大事な機会です。
大崎さん パスは、入院から退院までどのような経過を辿るかの方向性を決めたり、途中の状態を評価するものです。
小見さん 入院期間は入院時に決まりますが、例えば3か月間の入院として、入院時に評価をして目標を立てます。1か月目ではここまで、2か月目ではここまでと、中間評価にも使用します。退院に向けての計画の記載があり、状況を見ながら目標はその都度変更できます。パスは冊子になっていて、日常生活、食事、排せつ、清潔、移動、夜眠れるか、社会資源等の項目があります。例えば、1か月目でトイレの場所が分からなくて、2か月目になれば分かるかといったら必ずしもそうではないので、誘導する表示を作成したり、部屋をトイレの近くにしたりなどの対応をとる指標にもなります。認知症病棟ではあなたの治療パスⅢ、精神科病棟ではあなたの治療パスⅠ・Ⅱ・Ⅳを使用しています。
大崎さん パスは、ご家族と病院側との認識のズレが生じないように情報共有するツールでもあります。以前はできていたものができていない、できていなかったものができたなども確認できます。患者さんについての情報を共有していないと、ご家族に不信感を与えてしまう場合もあります。
「安心できるような声色や物腰で、患者さんの反応も変わる」
経験を積んできた二人は、若手から中堅へのステップを進んでいる。成長の糧となってきたのは、先輩たちの姿と、そして自身の経験とを見つめてきたことだ。
大崎さん 患者さんの様子を看て、どういう対応、声がけをしたら良いか判断出来るようになったと思います。先輩の対応を見て真似したり、自分の経験から学びました。
小見さん 私も、失敗しながらですが、行動の選択肢が得られたと思います。
大崎さん 今思えば、1年目のころは患者さんへの言葉遣いがあまり良くなかったと反省しています。深く考えないままにフレンドリーに接してしまっていました。
小見さん フランクに話しても良い人もいれば、丁寧な言葉を使ってほしい人もいる。誰にでも同じ対応をしていいわけではありません。親しみ言葉や方言を使うにしても、それは患者さんと自分との関係性が構築されたうえでのこと。全ての職員がそう接してよいとは限りません。
大崎さん 私はとても丁寧に患者さんに接している先輩の姿を見て、それに気づけました。患者さんは人生の大先輩であるということは、常に心に留めています。
小見さん 丁寧な言葉遣いだけではなく、安心できるような柔らかい声色や物腰、大きさなども大事で、それによって患者さんの反応も変わると思います。
大崎さん それと、自分の育児経験を通して、不快なことや自分の気持ちを伝えられない人の気持ちを察してあげることが大切だと気づきました。1~2年目は技術習得や業務を覚えることで精一杯で、患者さんを看れていなかった。
小見さん 上手く伝えられないから認知症問題行動と片付けられがちですが、その行動の原因を解消してあげられれば落ち着いてくれます。例えば、何度も立ち上がろうとするのは、実はお手洗いに行きたいからで、お手洗いに行った後はよく落ち着かれているということもあります。言葉にならないことを体で示されているので、そこを理解してあげられたり、補ってあげられれば良いのではないかと思います。
最後に「精神科病院である田宮病院は、『暗い』というイメージがなかなか払しょくできない。病棟にはスペシャリストの先輩方がたくさんいるので、認知症病棟の活動をもっとアピール出来たら。」と小見さんが話してくれた。話す言葉の奥底に、常に「患者さん第一」があることを感じさせてくれた二人。後輩たちにとっては、二人も「見習うべきスペシャリスト」に違いない。
<取材後記>
成長したと感じることを伺うと、お二人とも「成長、したのかなぁ」と謙遜していました。実は、インタビューを行った日はお二人とも事前打ち合わせだと思って出席されており、前もって何も考えてきていないとおっしゃっていました。しかし、お話を伺っていくと、自分の考えや患者さんの気持ちに寄り添うということ、患者さんへの思いに溢れていて、インタビュー中は何度も涙腺が緩みました。自分も、こういう方たちにお世話になれたらどんなに幸せか、また、患者さんは、思われているということを感じないはずはないと思いました。そして、そんなお二人が「見習いたい」と思える先輩たちがたくさんいるという田宮病院第4病棟は、愛に溢れた職場ではないでしょうか。(取材・編集:医療法人崇徳会 法人事務局経営企画室 瀧澤 真紀子、崇徳厚生事業団事務局 石坂 陽之介)
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